ヴィルマをください Asking for Wilmar’s Help (Ascendance of a Bookworm)

さて、ルッツの問題が家庭内の会話不足ということで、何となく落ち着いた。まだ兄弟間の格差問題が残っている上に、ルッツがダプラとなって収入的に下剋上した今、更に面倒なことになる気もする。

Lutz’s family problems, which were caused by the lack of communication, has been somewhat resolved. That being said, there were still some rift between he and his brothers, and it seems like his abrupt rise in income after becoming a dapla would only widen the gap between them. I have a feeling that things would become much more troublesome in the future.

 だが、両親と和解できたし、話し合う大切さを両親がわかってくれたようなので、後は何とかなるだろう。ルッツの生活環境が良くなったので、わたしは満足だ。

Nevertheless, he was still able to reconcile with his parents, and it seems like they have come to understand the importance of communicating with one another as well, so it seems like things should be fine in the future. All in all, I’m delighted to see that Lutz’s situation has improved.

 そして、ルッツの問題が片付いた今、わたしが気になっているのは、母の体調不良である。わたしの虚弱体質がうつったのか、と疑わしく思ってしまうくらい、母は最近顔色が悪い。仕事にも行っているし、普通に家事もしているけれど、よく寝込んでいる。

Lutz’s problem has been cleared up, but I soon found myself plagued with new worries. Recently, I noticed that my mother seems to be in poor health. Her complexion has been looking rather awful, and even though she still does her work normally, it’s apparent that she’s been sleeping much more than usual.

Could it be that my frail physical constitution has afflicted my mother as well?

 今日の朝も顔色が悪く、ふらふらしているように見えた。わたしが起きる前に、父はすでに仕事に出ているようで、姿が見えない。母がいきなり倒れたらどうしようかと不安で仕方ない。

This morning, my mother’s complexion was particularly awful. She was staggering weakly around the house. I looked around the house for my father, but he was nowhere to be found; it seems like he has already left the house for work before I got up.

I can’t help but worry that I would be powerless to help if my mother were to collapse to the ground.

「母さん、まだ体調戻らないの? 大丈夫?」

“Mom, how are you feeling? Are you okay?” I asked worriedly as I looked upon my mother’s poor appetite.

 いまいち食が進まない母を見て、わたしが尋ねると、うーん、と母がしばらく考え込んだ後、「もう言っても大丈夫かしらね?」と呟いた。「マイン。母さんね、お腹に赤ちゃんがいるの。マインはお姉ちゃんになるのよ」

“I guess so?” My mother pondered for a brief moment before replying. “Regarding this… Maine, you are going to be an elder sister very soon.”

「え? えぇ!?」

Eh? EHHH!?

 まさかの妊娠発覚だった。ビックリして母のお腹を見てみるが、まだぺったんこで赤ちゃんがいるようには見えない。

To think that my mother would actually be pregnant!

Surprised, I took a look at my mother’s stomach, but there was still no bump to be seen at the moment. It doesn’t look like there was a baby inside of her.

 ……悪阻つわりだったんだ。

… So, that would mean that her poor condition was due to morning sickness too

 麗乃時代は恋愛経験さえもなかったので、当然のことながら、妊娠経験などあるわけがない。記憶の限りで周囲に妊婦もいなかったので、母が間近で初めて見る妊婦になる。

As I didn’t have any romance experience back when I was still Urano Motosu, it goes without saying that I have no experience with pregnancy as well. As far as my memory goes, I don’t recall anyone around me being pregnant before, so my mother could be said to be the first pregnant lady around me.

 ……のおおおおぉぉ! 自分には全く関係のないこととして、妊娠関係の本は何となくしか読んでないよ。ひっひっふー! とりあえず、悪阻の時は安静に、栄養とって、適度な運動を心がければいいんだっけ!? どうだっけ!?

Oh no! As pregnancy is a topic too far away from me, I have never read any books regarding that. Haaaaaa! For the time being, I recall that expecting mothers must have a quiet environment when they are suffering from morning sickness, and they must take in sufficient nutrition and exercise moderately… Is that roughly all?

 麗乃時代も一人っ子だったわたしは、お姉ちゃんというものになったことがない。素敵なお姉ちゃんに憧れがあるけれど、なれるのだろうか? わたしがお姉ちゃんに。トゥーリみたいなお姉ちゃんに。

I was the only child back in my Urano days, so I have never had a chance to be an older sister before. While I would love to be a wonderful elder sister, I wonder if I would be able to do it. It would really be great if I could become an elder sister like Tuuri.

 期待と不安でわたしがぐるぐる考えているうちに、トゥーリは喜色に満ちた歓声を上げた。

While a mixture of expectations and unease was churning in my mind, Tuuri exclaimed jubilantly, “Really? Uwaaa! I’ll be able to sew clothes and diapers for the newborn baby!”

「ホントに!? うわぁ! わたし、生まれてくる赤ちゃんのために服やおむつを縫うね!」

 すぐさま赤ちゃんのためにできることを探してくるトゥーリに焦って、わたしも自分ができることを慌てて探す。

With Tuuri swiftly uncovering what she could do for the soon-to-come baby, I quickly racked my head to find what I could do as well, “I-I can… errr…”

「わ、わたしだって……えーと、えーと……」

 赤ちゃんが生まれた時に贈る物を考えて一番に思い浮かんだのは一つだけだ。この家の中にない物。ここに来たばかりのわたしが一番に探した物。

There is only one thing that comes to mind when I think of giving a gift to a newborn baby. It’s something that can’t be found in this house, and it’s an item which I frantically searched for when I first came to this world.

「わたし、生まれてくる赤ちゃんのために『絵本』を作るよ!」

“I can make a picture book for the newborn baby!”

「……エホン? 何それ?」

“Picture book? What is that?”

 トゥーリと母が揃って首を傾げた。ダメだ。絵本が通じないなんて。早く何とかしないと。

Tuuri and my mother tilted their heads in confusion.

This isn’t good. They don’t know what a picture book is. How should I explain it to them?

「絵がついた本! 子供が読むための本を作るの!」

“It’s a book filled with drawings! It’s a book made for little children to read!”

 わたしの説明に目を丸くしたトゥーリが弾けたように笑い始めた。

My explanation made Tuuri’s eyes widen as she bursts into laughter.

「あはははは、マインらしい」

“Hahahahaha! It sounds exactly like what you will do!”

「赤ちゃんのために頑張ってくれるってことは、マインもいいお姉ちゃんになってくれそうね」

“You are really giving your all for the newborn baby, aren’t you? It seems like you will be a wonderful elder sister, Maine.”

 弟だか、妹だか、まだわからないけれど、絶対にめちゃくちゃ可愛がる。トゥーリが仕事で培ったお裁縫技術を使って、服を作ってあげるなら、わたしはこれから生まれる弟妹のために知育玩具の作成に力を入れたい。

I don’t know whether the newborn baby would be a boy or a girl, but I am sure that he or she will be insanely adorable! Since Tuuri is going to make use of the sewing techniques she has refined in her course of work to make clothes for the newborn baby, I shall take on the responsibility of creating educational toys for him or her then!

「……赤ちゃんのために頑張る。わたし、絶対にいいお姉ちゃんになるよ!」

“I’ll do my best for the newborn baby! No matter what, I shall be a spectacular older sister for him or her!”

 わたしがそう宣言すると、今まで笑っていた家族が揃って困ったような顔になって、わたしをたしなめた。

As I made my declaration, my family, which has been laughing up till now, suddenly turned to look at me simultaneously with troubled looks on their faces.

「マインは張り切りすぎたら熱が出るから、ちょっと落ち着きなさい」

“Maine, you need to calm down. You will start getting feverish if you were to remain so excited.”

「そうだよ。母さんの体調が大変なんだから、マインは自分で体調管理ができるようにならなきゃ」

“That’s right. I won’t be able to take care of you given the current state I am in, so I’ll need to learn how to take care of yourself.”

「……わかってる。頑張るよ」

“… I will try.”

 殊勝な返事をしてみたものの、頭の中はどんな絵本を作るかでいっぱいだった。

 

 赤ちゃん向けの本にはどんなものがあっただろうか。確か、麗乃時代に住んでいた市町村の広報に載っていたプレゼント絵本はロングセラーの絵本だった。顔を伏せたページと顔と見せるページが交互に続く、いないいないばぁの絵本だったはずだ。

 ……でも、いないいないばぁ、って、ここでは何て言うんだろう?

 世界中に赤ちゃんをあやすために顔を隠して見せる動作があったから、多分ここにもあると思うが、赤ちゃんにかける言葉がわからない。そして、掛け声について、どうやって質問すればわかるのか。

 ……やっぱり母さんが話してくれた寝物語のうちの一つを絵本にしよう。そうしよう。

「うふふん、ふふん~。おはよう、ルッツ。今日はお店に寄ってから、神殿に行くね」

 迎えに来たルッツを鼻歌交じりに出迎えると、ルッツが不気味なものを見るように、一歩後ろに下がった。

「いいけど、どうかしたのか? 気持ちが悪いくらい機嫌が良いな」

「んふふ~……。あのね、わたしね、お姉ちゃんになるの」

「マイン、早く荷物を取ってきなさい」

 こめかみを押さえた母にそう言われ、わたしは寝室へと向かう。その間、母がルッツにこの状態になった理由を話していた。

「ルッツ、ごめんなさいね。お姉ちゃんになれることがよっぽど嬉しかったのか、この子、ちょっと浮かれすぎてて、今日は外に出さない方がいいかもしれないんだけど……」

「今日だけじゃなくて、エーファおばさんが赤ちゃん産むまで、このままだと思う。……マインって、なんか、ギュンターおじさんに似てるよな」

「そうね。浮かれようがそっくりだわ」

 困ったように眉を下げているが、それでも、幸せそうに母が笑う。

「お待たせ、ルッツ。じゃあ、母さん。いってきます。気分悪い時は無理しちゃダメだよ。母さんがちょっとでも楽にできるように、わたし、頑張って稼いでくるから」

「マイン、それ、今朝の父さんのセリフよ」

 母に笑われながら出発進行。まずは、ギルベルタ商会に向かう。お姉ちゃんになる報告をして、ついでに、孤児院用のカルタ板を発注しておくのだ。

 道中で、わたしはルッツに向かって、延々と絵本計画を述べていた。

「それでね、トゥーリは赤ちゃんのために服やおむつを縫うって言ったから、わたしは『絵本』作ることにしたの」

「何だ、それ?」

「絵がついた、子供でも読みやすい本だよ」

 ふふん、と胸を張って説明すると、ルッツはハァと溜息を吐いて、軽く頭を振った。

「……あのさ、生まれたばっかりじゃ字なんて読めねぇだろ?」

「読み聞かせが大事なんだよ! わたし、いっぱい読んであげるんだ。絵本を作ろうと思ったら、まず厚めの紙が必要だよね? 赤ちゃんは何でも口に入れるって言うし、紙よりは薄い板が良いかな? それとも、布絵本? あ、でも、この辺りで『フェルト』は見たことないかも。それに、布絵本にしたらわたしの出番がないよね? ルッツ、どうしよう?」

 わたしが見上げると、ルッツは困惑したように視線をうろうろとさせる。

「どうしようって……えーと」

「絵本を作るというのに、自分の出番がなくなったら、すごく悲しいでしょ? でも、紙の絵本は破られるし、噛まれるし、赤ちゃんの口にインクが入ることを考えたら、ああぁぁぁ! 危険すぎる!?」

 本を噛んで、口の周りをインクで汚した赤ちゃんの姿を想像して、わたしが頭を抱えていると、ルッツが呆れたように溜息を吐きながら、わたしの肩を軽く叩く。

「マイン、落ち着け。生まれるのは次の春だろ? すぐの話じゃないから」

「でも、試作品を作って、改良に改良を重ねて、完璧な物を贈りたいじゃない!」

「マインが突っ走ると、たいてい碌な結果にならないし、ぶっ倒れるから。落ち着いて周りの意見を聞け。な?」

 ルッツに諭されているうちに、ベンノの店に着いた。店の中にはいつも通りマルクがいて、きびきびと働いている。

「マルクさん、ベンノさんいますか? 以前お世話になったジークの木工工房にカルタ用の板を再発注したいんです」

「こちらで承りますが、ずいぶんご機嫌ですね、マイン」

 発注用の木札を取り出しながら、マルクがそう言った瞬間、ぐわっとテンションが上がっていくのが自分でもわかった。

「うふふ~。マルクさん、聞いてください。わたし、お姉ちゃんになるんです。だから、赤ちゃんのための本を作ったり、カルタ作ったり、積み木作ったり、これからすごく忙しくなるんですよ」

「ほぅ、赤ちゃんのための本ですか。せっかくですから、旦那様にもご自分で報告したらいかがでしょうか? お姉さんになるのでしょう?」

 ニコリと笑ったマルクがそう言いながら奥の部屋に通してくれたので、ベンノに向かって駆けだし、報告する。

「ベンノさん、おはようございます。わたし、春になったらお姉ちゃんなんです。だから、『絵本』を作るんです」

「あぁん?……ルッツ、翻訳」

 視線を上げたベンノはわたしではなく、ルッツに視線を向けてそう言った。

「マインのお母さんに赤ちゃんができて、春に生まれるそうです。お姉ちゃんらしいことをしたいマインが赤ちゃんのための絵がいっぱいついた本を作ると張り切っています」

「子供に本だと? 読めないだろう?」

 ベンノもルッツと同じことを言った。絵本は親子の絆作りに最適で、絵を見るだけでも楽しめるし、字に親しむこともできるのに、誰もこの素敵さをわかってくれない。

「読み聞かせが大事なんですよ! 小さい頃から字に慣れ親しむんです」

「ふぅん。……コリンナへの祝いにも良いかもしれんな。その絵は誰が描くんだ?」

「もちろん、愛をこめてわたしが描きますけど?」

 初めてできるわたしの弟か妹へのプレゼントだ。自作するに決まっている。わたしがそういうと、ベンノは即座に却下した。

「駄目だ。前の絵師を使え。子供の美的感覚が狂う」

「ひどいっ!」

「ひどくない。有用な忠告だ」

 絶対に絵師としてヴィルマを使うことを約束させられ、姉の愛を否定された気分になったわたしは、ちょっとむくれながら神殿に向かった。

「なぁ、マイン。これから先、絵本を作るつもりなら、絵師は確保しておいた方が良いんじゃないか? 一冊じゃ終わらないんだろ?」

「確かに、一冊じゃすまないよね」

 しかし、絵本を作るためにヴィルマに協力してもらうことになるなら、本格的にヴィルマをわたしの側仕えにした方が良いかもしれない。

「おはようございます、マイン様。ご機嫌麗しいようで何よりです」

「おはようございます、フラン。あのね、お姉ちゃんになるんです……」

「マインは後。オレの報告が先だ」

 ルッツはわたしの話を遮って、フランにわたしの浮かれる原因と共に、いつ倒れてもおかしくない興奮状態であることを注意する。

「興奮しすぎて熱が出るかもしれないけど、一度熱を出さなきゃ興奮は収まらないだろうから、注意深く見つつ、放っておいていい」

「……かしこまりました」

 自分の部屋に向かっている間に、フランから「デリアにはなるべく言わないように」と注意された。

「どうしてですの?」

「今のところ、神殿長は何も手を出してきていらっしゃいませんが、情報だけは確実に集めていらっしゃいます。マイン様がそれだけ楽しみにしていれば、妊婦や赤子は大きな弱点となると思われます。くれぐれもご注意ください」

 ざっと血の気が引いて行く。今の母や生まれてくる赤ちゃんに何かあったら、自制できる気がしない。

「マイン工房で新しい商品を生み出すのは良いことだと思います。その話題ならば特に問題ないでしょうが、弟妹に関する話題はお控えくださいませ。ここでは子供ができるというのはあまり歓迎されないことも多いのでございます」

 花捧げや子供ができた灰色巫女の行く末を思い出さされたわたしは、キュッと唇を引き結んだ。浮かれた気分がしゅるしゅるとしぼんでいって、少し冷静になれた。

 フランはそんなわたしの気分を明るくしようと気遣ってくれたのか、話題を変える。

「マイン様が新しく作ろうとしていらっしゃる本は、絵が多いのですね? やはりヴィルマにお願いするのでしょうか?」

「えぇ、そのつもりです。ですから、わたくし、神官長にヴィルマを側仕えにしたいとお願いしようと思っているのですけれど……」

 わたしの言葉にフランが少し眉を寄せて考え込んだ後、「そうですね。先に神官長への報告と許可を求める方が良いでしょう」と言った。

 お願いがある旨を手紙にしたため、神官長に面談時間を取ってもらえるようにフランにお願いする。

 手紙に目を通した神官長は執務の後、わたしを見て、声をかけた。

「お願いとは何だ? 手短に済むことなら、今聞こう」

「神官長、ヴィルマをわたしにください!」

 わたしができるだけ手短にお願いしたら、神官長がこめかみを押さえた。

「……君が何を言っているのか、全く理解できない。説明しなさい」

「絵が上手で、子供達の面倒見もいい、聖女のような笑顔の、おっとり可愛いヴィルマがわたしには必要なんです」

 一生懸命にヴィルマの説明をしたが、神官長には伝わらなかったようだ。一層不可解そうな顔になって、フランに視線を向けた。

「フラン」

「……ヴィルマを側仕えとする許可を頂きたく存じます」

 呼びかけだけでフランは神官長の意図を察したようだ。すぐさまフランが説明を始める。

「ヴィルマはもともとクリスティーネ様の側仕えで、絵を得意とする灰色巫女でございます」

「あぁ、あの芸術好きな巫女見習いの……。ならば、絵よりも音楽を嗜んでいた見習いの方がマインの教養には役立つのではないか? 竪琴の名手がいただろう?」

「ロジーナでございましょうか?」

「あぁ、そちらを側仕えにしなさい」

 黙って聞いていれば、いつの間にかヴィルマではなくロジーナを側仕えにする話に変わっている。慌ててわたしはフランと神官長の間に割って入った。

「神官長、わたくしに必要なのはヴィルマで、ロジーナではありませんけれど?」

「今の君に必要なのは教養だぞ?」

「絵師です。音楽で『絵本』は作れません」

「エホンとは何だ?」

 今日だけで一体何度目の質問だろうか。わたしは「絵がたくさん描かれた子供向けの本です」と同じように答えた。本が存在する貴族のもとなら、子供向けの絵本くらいは存在するだろう。

 しかし、神官長は眉を寄せて、わたしを見た。

「……子供向けの本? 変わった物を作るのだな」

「貴族の家ならば、子供向けの本もあるのではないですか?」

「本自体が高価なのに、どう扱うかわからない子供の本などあるわけがなかろう。勉学に使う本ならば、知識が系統だって載っていればそれで良いだろう?」

 どうやら、子供向けの本というものは存在しないらしい。紙が高価で、書き写して作成するなら、字はきつきつに書きつめるだろうし、勉学に必要な図形やグラフならともかく、挿絵まで書き写しはしないだろう。

 わたしが子供向けの絵本が存在しない理由に一人で勝手に納得していると、神官長も何やら納得したらしい。

「まぁ、よい。君が絵のついた本を作るならば、絵師を欲することは理解した。けれど、君に必要なのは教養だ。ヴィルマだけではなく、ロジーナも側仕えとして召し上げなさい」

「……そのような無駄なことはできません」

「無駄だと?」

 わたしが断ると、神官長はすぅっと目を細めてわたしを見据えた。しかし、二人も側仕えを増やす気はない。

「ロジーナを側仕えにしても、わたくしは楽器を持っておりません。高価な楽器をわざわざ買わなければならないような催しが神殿にございますか? 平民と蔑まれているわたくしが貴族の元へと連れていかれて、楽器の演奏を披露するような機会がございますか?」

 わたしは音楽には大して興味がないのだ。聞くのは嫌いではないが、自分で演奏したいとは思わない。演奏できるのは素敵だと思うが、練習時間に使う時間を読書に使いたい。

楽器が間違いなく高価なものなのに練習する気がない以上、はっきり言って、時間と金の無駄である。

「わたくしには高価な楽器を準備するお金もございませんし、必要性も感じません」

「なるほど。確かに楽器がなければ、練習もできないな」

 ひとまず神官長は納得したように頷いた。ヴィルマを側仕えにする件は了承してもらえたので、わたしは満足して神官長の部屋を退室する。

「では、フラン。午後からは孤児院へ行って、ヴィルマの意思を確認しましょう」

「ヴィルマの意思? 召し上げるのではないのですか?」

 わたしの言葉に、フランは不思議そうに目を瞬いた。

「……平民のわたくしに仕えたくないと思っているかもしれないでしょう?」

 もともと、今仕えてくれているわたしの側仕えは命令されて決まったもので、フランもギルもデリアも、誰一人としてわたしの側仕えになりたいと望んでいた人はいなかった。平民に仕えるなんて、と文句を言われたのはそれほど前のことでもない。

 今はせっかくうまく回っているのに、不満たっぷりで仕事をされると、その嫌な気分は周りにも伝染する。ヴィルマがわたしの側仕えになるのが嫌だと思うなら、今までと同じように絵の依頼をするだけでも問題はない。いつ、別の人にヴィルマが召し上げられるか、びくびくすることになるけれど。

 午後からわたしは孤児院へと赴き、ヴィルマを呼びだした。フランが一緒なので、食堂にしか入れないため、食堂で話をする。

 いつもは穏やかな茶色の瞳を優しく細めて、最近の孤児達の様子や孤児院で足りない物などの話をしてくれるヴィルマが、わたしとフランを見て、不安そうな表情になった。

「マイン様、何のお話でございましょうか?」

「ヴィルマ、わたくしの側仕えになってくださいませんか? これは命令ではなく、意思を確認するものですから、断っても結構です」

 わたしの言葉におろおろと周りを見回したヴィルマは軽く溜息を吐いて、目を伏せた。

「……大変ありがたいお話ですが、お断りさせていただきます。私よりロジーナをお引き立てくださいませ」

「それは、やはり、わたくしが平民だから?」

「違います! そうではありません」

 勢い良く頭を振ったヴィルマはちらりとフランに視線を向けた後、困ったように視線を逸らした。ものすごく言いにくそうに眉を寄せ、口を開く。

「……私、青色神官に騙されて、花捧げへと連れ出されたことがございます。主であるクリスティーネ様が不在に気付き、助けてくださって事なきを得たのですが、あれ以来、殿方が苦手なのです。殿方が出入りするマイン様のお部屋に仕えるのは……」

 孤児院の院長室とは違って、貴族区域にある青色巫女の部屋は灰色神官の部屋が完全に主の部屋から離されているため、ヴィルマ自身は灰色神官と接することもなく、穏やかに過ごしていたらしい。

 けれど、わたしの部屋は一階と二階で男女に分かれているけれど、外に出るにも一階を通らなければならないし、料理人の姿も見えれば、ベンノのような客人もいる。フランという灰色神官も当たり前のように二階へ出入りする。

「ご命令であれば従いますが、意見を聞き届けてくださるなら、私はこのまま孤児院の女子棟で過ごしたく存じます。ここにいれば、子供達と女性だけですから」

 男がいない環境から出たくないということらしい。ヴィルマの主張はわかったけれど、どうにも腑に落ちないことがある。

「孤児院で過ごしていたら、花捧げの対象になるのではないの?」

「私のように地味な者に着目する青色神官はいませんわ」

 髪をきっちりとひっつめて、なるべく目立たないように本人はしているつもりなのだろうが、オレンジに近い金髪はよく目立つし、ふわんとした癒し系の笑顔は身形が地味な分、清楚さを増している。子供達の面倒を見ているヴィルマはまるで聖女様だ。着目しない青色神官ばかりではないと思う。

「いると思いますわ。わたくしは子供達を可愛がっているヴィルマをとても魅力的だと感じましたから」

「それは、マイン様が女性で、まだ幼いからですわ」

 お褒め頂き光栄です、とはにかんだように笑うヴィルマは近いうちに、色好みの青色神官に連れていかれる気がする。

「では、ヴィルマ。神官長にお願いして、孤児院から出ることなく、身分だけ側仕えにすることができれば、わたくしの側仕えになってくださいますか?」

「……願ってもないことですが、どうしてそこまで私を?」

 ヴィルマは不思議そうにわたしを見て、首を傾げた。

「これから、わたくし、絵のたくさんついた子供のための本を作るつもりですの。絵の上手なヴィルマが絶対に必要なのです」

「でしたら、ご命令なされば、簡単ですのに……」

「嫌な気分でお仕事をしてほしくはないのですもの」

 わたし自身、誰かに命令されるのが好きではないし、側仕えなんて、主の部屋で住み込みで働くのだから、生活すべてが仕事になる。ずっと不満を持ったままでは、どこかで歪みが出てくるに違いない。

「ありがとうございます、マイン様。孤児院を出る必要がないならば、喜んでお役に立ちたいと存じます」

 くすくす笑いながら、ヴィルマがそう言ってくれた。

 わたし、この笑顔を守るため、何としても神官長を説得したいと思います。

 母の妊娠発覚と同時に、マインがはっちゃけました。

 次回は、増えた側仕えです。

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RDE Chapter 45: The Futuristic Tempering Technology

Title: 人皇 The Records of the Human Emperor
Author: 皇甫奇 (Huangfu Qi)

Edited by: Savage Bunny

Chapter 45: The Futuristic Tempering Technology

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RDE Chapter 44: Secret Exposed

Title: 人皇 The Records of the Human Emperor
Author: 皇甫奇 (Huangfu Qi)

Edited by: Savage Bunny

Chapter 44: Secret Exposed

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RDE Chapter 43: 5 Rewards

Title: 人皇 The Records of the Human Emperor

Author: 皇甫奇 (Huangfu Qi)

Edited by: Savage Bunny

Chapter 43: 5 Rewards

Really great thanks to my editor, reduces the time I need to go through the chapter. I think the quality of the writing has improved significantly with her help. 😀

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RDE Chapter 42: Stone of Destiny

Title: 人皇 The Records of the Human Emperor
Author: 皇甫奇 (Huangfu Qi)

Edited by: Savage Bunny

Chapter 42: Stone of Destiny

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RDE Chapter 41: Yao Clan’s Old Master

Title: 人皇 The Records of the Human Emperor
Author: 皇甫奇 (Huangfu Qi)

Chapter 41: Yao Clan’s Old Master

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Well, capable editors = more chapters, better to read content, less errors + You get to read chapters in advance 😀 (Banzai)

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RDE Chapter 40: An Act of Wonderment

Title: 人皇 The Records of the Human Emperor
Author: 皇甫奇 (Huangfu Qi)

Chapter 40: An Act of Wonderment

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RDE Chapter 39: Revealing One’s Edge

Title: 人皇 The Records of the Human Emperor
Author: 皇甫奇 (Huangfu Qi)

Chapter 39: Revealing One’s Edge

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RDE Chapter 38: Acknowledged By the Clan

Title: 人皇 The Records of the Human Emperor
Author: 皇甫奇 (Huangfu Qi)

Chapter 38: Acknowledged By the Clan

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RDE Chapter 37: The Furious King Qi

Title: 人皇 The Records of the Human Emperor
Author: 皇甫奇 (Huangfu Qi)

Chapter 37: The Furious King Qi

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